青い風は、まだ吹いているか——弁護士と弁護士会の150年

第3部 ダモクレスの剣の下で

第5話 新しい風——AIの時代のリーダー像

2023年に刊行された一弁の『創立百年正史』は、全692頁の堂々たる通史である。だがこの本には、AIも、人工知能も、リーガルテックも、一行も登場しない。技術に関する最新の話題は「コロナ禍に背を押されたIT化」——ウェブ会議と訴状のオンライン提出まで、である。

一弁だけではない。日弁連が2019年12月に出した公式記念誌『日弁連七十年』も、AIへの言及は会長の刊行の辞に一行と、知的財産の章に外部の技術動向として一行——それだけである。リーガルテックの語は一度も現れない。本文が語る「IT化」の中身は裁判手続の電子化であり、その先駆けだった札幌地裁のオンライン申立ての試行は「利用実績はほぼ皆無」のまま2009年に終了していた。

編纂者の怠慢ではない。執筆時点では、それが最先端だったのだ。ところが刊行からわずか1〜2年で、日弁連理事会は生成AIをめぐる議論に追われることになる。AIと著作権に関する意見書、フェイク画像への危機感——ある会議では出席者から「生成AIの危険性に関する指摘は半頁程度の記述があるが、個人的にはかなり危機感を持っている」との発言があり、2025年度には「弁護士業務における生成AIの利活用等に関する注意事項」が理事会に報告された。

百年の会史が、刊行の直後に時代に追い越される。この速度こそが、現在の環境変化の速度である。裁判手続のIT化を担った一弁の担当副座長は、コロナ禍のさなかにこう言い切っていた。

「『ITは苦手』と言う方もいたが、もうそういったことは言っていられない。ITは現代の弁護士に必要な基礎的なスキルであると認識し、世代を問わず、苦手意識を捨てて積極的に研鑽していかなければ」

(百年正史p.474)

AIが法律事務のどこまでを代替するのか。定型的な書面作成や調査が機械に移ったとき、弁護士の付加価値はどこに残るのか。司法アクセスの空白はAIが埋めるのか、それとも新しい格差が生まれるのか——答えはまだ誰も持っていない。確かなのは、この舵取りが、150年の歴史のどの局面よりも速い判断を要求するということだけである。

『創立百年正史』の展望の章は、この時代の弁護士の立ち位置を、一つの印象的な比喩で総括している。

「弁護士・弁護士会は、先達が司法の独立を全うするため苦闘の末に築いた金字塔の上にダモクレスの剣を見なければならない。落下の一撃で金字塔を瓦礫の山に変えてしまう剣だ。揺れて震える剣をようやく吊り留める毛髪ほどの糸は、いうまでもなく、市民・社会の支持と信頼である」

弁護士自治という金字塔の真上に、常に剣が吊られている。糸は、市民の信頼という毛髪一本。この認識に立つとき、これまでの14話で描いてきた150年の歴史は、一つの問いに収斂する——剣の下で舵を取るリーダーには、何が要るのか。

歴史は、少なくとも六つの資質を教えている。

第一に、胆力。 翼賛国会で最も痛烈に大政翼賛会の違憲性を衝いた岩田宙造。占領軍の除名命令に「会長の一存で除名などできない」と答えた長野国助。胆力とは声の大きさではない。大勢が一方向へ走るときに、法の論理だけを持って立ち止まる力である。

第二に、構想力。 要綱ではなく条文を書いて突きつけた真野毅。決議や声明ではなく建設的対案の意見書で弁護人抜き法案の局面を動かした、あのときの一弁。批判は誰にでもできる。代案の設計図を書ける者だけが、主導権を握る。——ただし、構想力は、外の要求を先取りして呑み込む才覚とは違う。会内の合意を経ない「構想」を会の名で差し出したとき何が起きるかは、第1話で見た平成の教訓である。

第三に、手続的公正への忠誠。 長野国助が守ったのは戸倉嘉市個人ではなく、「懲戒は会則の手続による」という原則だった。総会、多数決、精密採決——面倒な手続を踏むことは、弱さではない。強制加入団体の言葉に正統性を与える唯一の方法である。

第四に、無私の献身。 飛行機嫌いの身で汽車に乗り、全国52会を口説き落とした富田喜作。「事務総長なんて事務員じゃないか」と侮られても日弁連の礎を築いた江川六兵衛。リーダーを支える者の無私が、リーダーの衆望を作る。

第五に、衆望。 一弁の宣誓文に立ち返る——「醜陋なる役員選挙競争の如きは絶対に之を避け……人格信用兼備の士が衆望に因り自然に之に当る」。地位を求めて動く者ではなく、推されて立つ者。青風会が大山菊治を、宮田光秀を、谷川八郎を立て得たのは、候補者が地位を漁らなかったからである。

第六に、巻き込む力。 全国の単位会すべてから集めた推薦状。少数派の青風会に、多数派の全期会が、旗振り役はあなたがつとめるべきだと言った、あの呼吸。若手に発言させ、その一言で決定を変える会風。巻き込むとは、動員ではない。相手に主役の座を渡すことである。

気づかれただろうか。この六つは、どれもAIには代替できない。

言葉の生成は機械が担えるようになった。調査も、起案の下書きも、やがて多くが自動化されるだろう。だが、割れた会内で手続を尽くして合意を作ること。批判を浴びながら設計図を示すこと。名利を求めず頭を下げて回ること。推されて立ち、危機の矢面に立つこと——これらは、人間が人間の信頼を預かる行為であり、技術の進歩とともにむしろ希少価値を増していく。

実例を一つ。取調べの可視化である。日弁連は、可視化とは全過程の録音・録画をいうという定義を、2003年の人権擁護大会決議以来十数年にわたって譲らず、警察の試行が1事件平均十数分の録画でお茶を濁していた時代から、交渉と弁護実践を積み重ねた。その結果、警察の裁判員裁判対象事件の取調べは平均録音・録画時間25時間42分・全過程率87.5%に、検察では全過程率98.3%にまで到達した。定義を一つ守り抜いて、国家の制度を書き換える——この種の仕事は、文章の生成がどれほど速くなっても、機械には代替できない。

新時代の弁護士像も、ここから逆算できる。真の弱者救済と、経済界のパートナー。この両翼は矛盾ではない。どちらも「法の支配を社会の隅々に届ける」という同じ使命の両面であり、それを担うのは、AIを使いこなしながら、AIにできない六つの資質を磨いた法律家である。

最後に、150年を貫いてきた一つの法則を確認して、この連載を閉じたい。

明治の代言人は、法定の弁護士会が理念を語れないと知ると、外に日本弁護士協会を作った。大正の弁護士は、派閥政治が理念を失ったと見ると、道義的精神を掲げて第一東京弁護士会を作った。戦後、会運営の公正を求める者たちは青風会を作り、派閥から身を守ろうとする若手は全期会を作り、政策を語れない選挙に恥じた若手は新進会を作った。

派閥の盛衰も、団体の名も、器にすぎない。器が理念を失ったなら、理念は新しい器を求めて動き出す——それが、この150年間、弁護士の歴史が繰り返してきたことである。器を作ること自体には、何の価値もない。問われるのはただ一つ、「何に拠って結合するか」である。

青い風は、団体の名簿の中には吹かない。憲法の祝典から締め出されて提灯に「憲」と書いた男たちから、大雪の投票日に頭を下げ続けた青年から、閑散とした選挙事務所に集まってきた若手たちから——風は、いつも人の胸の中から吹き始めた。

『日弁連七十年』のあとがきに、編纂者の自嘲めいた一節がある。記念誌の三つ目の価値は「書棚の飾りになること。三つ目の価値を見出す会員(特に若手会員)がどれだけいるかわかりません」。会史は、読まれなければ飾りである。この十五話も、同じだ。

次の一話を書くのは、あなたである。

現代への視線

(結びと一体のため、付記を置かない。)

出典・注記

  • 発言等の引用の末尾に付した( )は出典を示す(略称p.頁)。頁は刊本の印刷頁による。
  • 百年正史=『われらの弁護士会史 創立百年正史』(第一東京弁護士会・2023)p.468-481, 494-500(IT化、ダモクレスの剣、展望)
  • 日弁連七十年=『日弁連七十年』(日本弁護士連合会・2019)p.1, 11-15, 76-77, 234, 262(AI言及の所在、取調べの可視化の到達点、民事裁判IT化の前史、あとがき)
  • 青風三十年=『青風―創立三十年に寄せて―』(第一東京弁護士会内青風会・1984)p.220(江川六兵衛をめぐる座談会発言)
  • 宣誓文(告示)の原文は『われらの弁護士会史』(第一東京弁護士会・1971)p.209、現代仮名表記は『青風―創立五十年に寄せて―』(第一東京弁護士会青風会・2001)p.170所引に拠る。
  • 理事会議事概要=日弁連理事会議事概要(速報)2023年度第12回・2025年度第6回(生成AI関連の議論。速報メモであり確定議事録ではない。発言者個人は特定していない)
  • 一弁会報・令和2年11月号(百年正史p.473-474所引のIT化座談会)
  • 引用中の「……」は中略を示す。
  • 本話で言及したエピソード・発言の出典は、第1部・第2部の各話の出典欄を参照。